ほぼ日の塾に4期生としていってきた感想。

エレベーターの戸が開き、ほぼ日の塾の看板が目に入った瞬間、期待が胸からあふれた。席について、前を見た。他人の頭が大仏の螺髪のように等間隔で並んでいるだけなのに、ドキドキした。自分の悩みの答えがここにあるかもしれない。「編集」という輪郭があってないような言葉の定義を見出せるかもしれない。この講義を受けると人の心をつかめる文章が書ける自分になれるかもしれない。そんな期待があった。

 

時計の針がぐるりと一周とすこしまわった13時間後。私は乗車率約8%の銀座線に揺られていた。言葉でうめつくされて逆に真っ白になった頭に、ひとつの言葉が浮かんだ。「思いわずらうことなく愉しく生きよ」。江國 香織さんの小説のタイトルだ。

 

ほぼ日が明らかに私の知っている他の編集部や編集者と違っていたのは、全員が「本気で面白がって楽しむ姿勢」を持っていて、本気で楽しそうなことだった。

 

厄介者のように、仕事がたらいまわしにされる編集部。取材の帰りに喫茶店で仕事するふりをして仕事の愚痴を言う編集者。人を傷つける言葉を書いて、自分の心をすり減らす編集者。「インターネットのメディアには許可しません」と、想い届かず、失恋する編集者。好きでやっているはずの仕事なのにみんな苦しそうで、なんだかぜんぶ、痛かった。私が知っている編集者は、ボロボロなのにいつも戦っていた。

 

「働くことって、楽しい。」そう体現するほぼ日の乗組員のみなさまは、健やかだった。愉快な仲間、おいしいご飯、やるときは本気の時間。好きから生まれるコンテンツ。私の見てきた編集者と仕事のやり方はすべてではないと、やさしく楽しく諭された。

 

「本気で面白がって楽しむ姿勢」が、ほぼ日のコンテンツには出ているのだと思う。ほぼ日ではマーケットのリサーチや理論武装した企画書が物事の発端にならないというような、製作の過程での違いがあることもわかった。けれど、本質的な「ほぼ日らしさの核は、「本気で面白がって楽しむ姿勢」にあるんじゃないのかと思った。

戦わずして勝つ方法を、私も身につけたいと強く思った。