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記憶を記録に

当たり前のことを、あーだこーだと理由を付けて大事だなあと納得するのが好きな人のブログです。

なんで不況・貧困だと20代女性が吉原「遊郭専門書店」に集うのかがわからない。

toyokeizai.net

この記事の筆者は、20代女性が吉原「遊郭専門書店」に集う理由は、不況・貧困だという。いち20代女性の私は、納得がいかない。なんで貧困だと遊郭専門書店にいくんだ。論理のつながりが分からない。20代女性1人の意見として聞いてほしい。

私は、遊郭巡りが趣味になるほど遊郭が好きではないが、遊郭にまつわる小説、建物、写真には素直に心惹かれることがある。きっかけは「さくらん」を読んで、映画を見て、椎名林檎の”この世の限り”というエンディングテーマが醸し出す切ない世界に共感し、実物を見てみたいと思って、図書館で遊郭の写真などを眺めてみたりした。高校生の頃だった。

過去に私たちと同じ若い世代の女性がどのように生きていたのか、遊郭に生きた女の人たちはどんな服を着て何を食べてどんな人間関係と環境で、どのように考え、感じていたのだろうかと興味が出たからだ。そして、そこに想像をめぐらせると、「きっと私たちと同じだ。」という結論に至ったのだった。好きでもない男を12、13の恋も愛も知らぬうちに抱かされるのは、さぞ心と身体の痛むことだろう、痛みを超えて、心を無にするなりして折り合い(なんて軽い言葉では言いあらわせられないけれど)を付けて歯を食いしばるしかないんだろう。ぞっとする。逃げ出したくなって、生きることすら放棄したくもなるだろう。だけど、遊郭に生きた彼女たちの感情、心のしんどさや、家族を思う気持ち、この世に生きることへの絶望は、現代にもある。私の心にも、誰の心にも、あなたの心にもきっとある。程度の差こそあれ。そして、貧困や不況だけがそういう気持ちにさせるわけじゃない。貧困が理由で家族のために歯を食いしばることももちろんある。一方で、きっといわゆるバリキャリで年収1000万円超えるような人でも、自分の努力や意思決定ではどうにもならない世の不条理に砂をかむような思いはしてるだろう。

20代女性が、「貧困だから、遊郭に興味がある」わけではない。同じ性を持つ女性がどのように生きたのか、その暮らしぶりや考え方への興味をきっかけに、”どの時代でも、同じだ”と、自分との共通性をそこに見いだしたいだけだ。

筆者は、現代社会の不況や貧困が20代女性の遊郭への関心の背景にあるんじゃないのかな、と述べた後、最後にこう締めている。

AIだVR(バーチャルリアリティ)だのと、日々技術は進歩しているが、人々の心は過去に向かっている。 

大きく異を唱えたい。人の心は過去に向かっているように見えるかもしれないけれど、果敢に今に未来に立ち向かうからこそ、過去にヒントを見いだそうとしているのだ。固定観念ばっかりで、まだまだ女には不条理ばっかの日本だから。ツイッターに落ちていた言葉が、あまりに私のいいたい事の的得ていたので引用させて下さい。

遊郭こそが、20代女性にとってのバーチャルリアリティ

いち20代女性からは以上です。