記憶を記録に

当たり前のことを、あーだこーだと理由を付けて大事だなあと納得するのが好きな人のブログです。

情報生産・発信が出来ないとっても個人的な理由

どうもこんにちは、大野です。ニューヨークに留学して、約三ヶ月経ちました。いよいよ留学も折り返し地点が迫ってきています。新たに、日本のテレビ局の系列の会社でインターンを始めました。テレビ番組を作っている会社です。インターネットでもない、雑誌でもない、今まで触れたことのないメディアと情報製作の現場に、ドキドキワクワク、一生懸命な毎日です。

”ニューヨーク在住ジャーナリスト”という格好良すぎる肩書きに惹かれて、渡航前に読んでいたブログがあります。そんなブログの中の人と、知らぬ間に出会い、お仕事に同行させて頂きました。それは、寒い日のロケでした。予定よりも長くかかってしまった撮影のあと、彼女は私に遅い昼食に誘って下さり、「とにかく、自分でメディアをやってみなよ。」と来年からメディアに関る予定の私にアドバイスをくれました。

 

実はこのアドバイスをくれた人は、彼女だけではありません。とあるシェアハウスにお邪魔したときにそこの住人から、インターンをしていた会社の社長から、尊敬して止まない大学の先生からも、言われていました。

いくらでも個人が自由に情報発信できる環境が整っている時代に、散々言われていたにも関らず、私が自ら情報生産・発信をできなかった理由はなんでしょう。きちんと理由を考えて、解決してから、次に進みたいと思いました。正直に書いてみます。

 

①そもそも、発信したいことが自分のなかになかった。

メディアが好きだ好きだと言い続けながら、自ら発信したいことはなかったんです。誰かに伝えたい意見も、体験も、情報もなかったんです。そのことが恥ずかしかった。なぜなら、意見がないのは考えていないのと同じ。知識・勉強不足がばれるくらいなら、黙っていたいと思っていました。ちっぽけ、だけど、高い高いプライドです。

②情報発信するには、自意識過剰すぎた。

私は、人からどう思われるのかが気になり、人から嫌われることを極端に嫌うタイプです。それならば、人に胸を張れる正しいことだけをしてきたのかと言われると、答えはノーです。その矛盾を自分で受け入れられず、今でも、葛藤しています。しかし、情報は、”誰が言うのか”が説得力に関ってきます。私は、こんな自分が情報発信をしても、「どの口が言う」と批判されるのではないかと、恐れていました。

上記2点が、私が情報生産・発信が出来なかった理由です。

だけど、この2点はもはややらない理由には足らないのです。ネタがなければ、作れば良い。批判は、受け入れて、成長の糧にすれば良い。この2言で片付けられてしまう。実際に片付けられてしまったんです。この週末は何か、誰かの役に立つことを書いてみようと思います。

 

自分の中身をさらけ出すことは、勇気のいることでした。さらけだす勇気をくれたのはこの記事でした。さらけだしてみると、案外平気なものですね。

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